2006年08月27日
靖国信奉の虚
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□■ 平和の声 通信 NO302 ▽ 本日の話題
■□ 2006年8月27日 ▲ 誤断と妄信
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I N D E X
★★【格物致知】 靖国信奉の虚
☆靖国神社(ウィキペディア)
☆特集・靖国(読売新聞)
☆【正論】元駐タイ大使・岡崎久彦 遊就館から未熟な反米史観を廃せ
☆教育ニ関スル勅語
☆朕は汝等軍人の大元帥なるぞ
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【格物致知】靖国信奉の虚
「靖国信奉の虚」を論考する前に、靖国問題を理解する為の基礎知識を列記しておきたい。
■A級戦犯合祀を管轄したのは、「厚生省引揚げ援護局」、その構成は、美山要蔵元陸軍少佐(元大本営課長)、板垣徹元中佐、元将校、下士官等で、特に、美山少佐は東條英機直系の関係にあった。
■「厚生省引揚げ援護局」の大事な目的の一つが遺族年金の支給である。
A級戦犯は約7百50万円、一兵卒は約百万円。
沖縄戦で、日本兵に殺された赤ん坊、準軍属(日本軍協力者)の年金額は未確認です。
■遺族会のA級戦犯分祀に対する賛否は、1985年に諮られ東條英機元首相の息子、東條輝雄と松平永芳靖国神社宮司二人だけの反対で分祀を残念した。(賛成した遺族のなかには、父を仲間を殺したA級戦犯と同じところに祀られたくないという思いをもっている。)
■遺族会の基本方針
1.内閣総理大臣等の参拝を要請する。
2.国立の追悼施設建設を阻止する。
3.悲願は今上天皇の参拝の実現。
■靖国神社に天敵はいない。但し、運営の殆どは遺族会の寄付金で成り立っている。
靖国神社、暗黙の了解
明治維新と皇軍への暗黙の了解は、江戸時代の士農工商の身分制度の撤廃が一つ上げられる。貧しい、卑しいとされてきた身分の者でも、お国、天皇陛下の為に殉死すれば、全て平等に靖国神社に英霊として祀られると了解されていた。従って、靖国の桜の下で会おうということである。しかし、小泉首相格差語録にあるように、「格差があって当たり前」、靖国英霊世界も格差空間ということだろう。日本では、あの世もこの世も格差社会、御霊も永遠に安住できない構図になっている。
8月15日、小泉首相は約束どおり参拝を実行した。予定通りのことで、参拝前日頃には、公式参拝にも拘らず本人の個人的「心の問題」戦略で完全に周囲を一個人の問題にすり替えていた(この手法は2005年衆議院郵政民営化選挙を民営化選挙にたぶらかしたのと同じである)。この背景については、[通信NO299・度胸試し]で既に述べた。
今回は、小泉首相靖国参拝を強行したことに対する世論について言及する。
15日午前7時40分小泉首相参拝するというニュースがテレビ、ラジオで一斉に報じられた。そして、国民の賛否を問う実況中継が繰り広げられ、さらに各テレビ局は識者を招いての討論会、シンポジウム、一般参加者と識者を交えての賛否討論会が実施された。また、各雑誌9月号は特集8月15日小泉首相参拝問題で紙面を独占していた。兎に角、寝ても覚めても、猫も杓子も「靖国問題」一色に塗りつぶされた状況であった。
そして、当てに出来ないが、とかく気になるのが世論調査のアンケートだ。今回も多様な形で賛否調査が行われた。一喜一憂された方も多く居ただろうと推測する。同胞の多いことを念じる素朴な感情は、左翼も右翼も同じ思いであろう。
先ず今回の面白いアンケート結果を述べておく。7月20日の「富田宮内庁長官メモ」が発表された時のアンケート結果は、小泉首相参拝に「反対」が65パーセント、そして、小泉首相の「個人のこころの問題」強行論が吹聴されたその結果が「賛成」65パーセントと同じ数値の逆転反応になっていることだ。そして、当然の如く小泉首相の支持率が上がっている。ポイントを上げた理由の一つは、「中国と韓国にとやかく言われたくない」、これを体現した小泉首相は強い日本の象徴を国民に一瞬時パフォーマンスできたからだろう。
安全保障と靖国参拝
同胞と安らかに永眠する筈の共同空間としての靖国神社を、どうしても日本の安全保障の象徴的要として認識しなければ気が済まない方々がいる。天皇制問題になるとカメレオン的存在になる桜井よし子氏、また、筋金入りの自衛戦争論、有条件降伏論者の稲田朋美衆院議員などが筆頭右翼に挙げられる。稲田議員にいたっては、「日本が独立国家であることを内外に示すことであり、歴史的な出来事だ」(8月16日産経新聞)と声明を出し、桜井氏はさらに参拝を果たさなければ「国家は確実に滅びていく」(8月10日産経新聞)と断言している。
安全保障の基本的な考えは「戦う」ことにある。その戦いの象徴が「遊就館」であり、1階大展示室中央にその意思を具現するかの人間魚雷「回転」が設置されている。松平永芳元靖国神社宮司の画策だ。まさに戦争を肯定することでしか「安らかな国体護持」の実現がないと考える証である。まさに皇国史観を国民に定着させる「教育勅語」と「軍人勅諭」そのものでしかない。天皇への国民を帰属させる有機的結合媒体装置として靖国神社は人工宗教(福田和也説)であり、軍神=天皇=大元帥として当時その役割を最大限発揮した。
昭和天皇は敗戦まで毎年4月と10月の臨時大祭に参拝している。さらに太平洋戦争へ突入してから伊勢神宮にも参拝、目的は、「戦勝祈願」である。そして、この天皇の参拝時間帯を「全国黙祷時間」と決められ全国と植民地、「満州国」で1分間の黙祷が実施された。戦前の天皇、国民の参拝は、「英霊の追悼」よりも戦争肯定論としての参拝だった訳である。
「軍人勅諭」に「世論に惑はす政治に拘らす只々一途に己か本分の忠節を守り義は山嶽よりも重く死は鴻毛より軽しと覚悟せよ」とあるように、戦争真っ只中において、とても「英霊の追悼」など考えられない、「戦争祈願」しかありえない。従って、靖国神社の役割と天皇参拝の目的は明確な位置づけをもっていた訳であるが、戦後「全国黙祷時間」の慣習が全く忘れられたところを見ると、国民の目的は定かではなかった、ややもすれば形式的であったかも知れないといえる。
靖国参拝問題を短絡的、矮小化の要因、現在の国民にとっては単純明快な判断になった表題は、「8月15日靖国参拝」である。これには、歴史的時間軸を認識する必要がある。即ち、昭和の分断、戦前と戦後における靖国神社の役割と天皇自身の関係が様変わりした。昭和天皇の大いなる歴史的な決断、永久権力者としての伝統的知恵の離れ業を成し遂げたことによるものである。即ち、敗戦後は「英霊への追悼」をもって、戦没者に対しての戦争責任を人間宣言的に演じたと考えられる。ところが落ち着きと自信を取り戻した戦没者遺族の関係周辺の方々は、モニュメンタルな英霊に対しての哀悼に拘りだし、8月15日の政府要人参拝の環境づくりを画策し始める。そして、1975年8月15日、三木武夫首相が参拝する結果に至った。即ち、政府要人も政争の具に傾倒し始め、日本遺族会の思惑に添う形になっていった。そして、「厚生省引揚げ援護局」との癒着、遺族会の暗黙の合意、松平永芳宮司の念願を果たすべく78年10月、A級戦犯合祀を決行する。
富田メモをどのように読むかは、既に各識者の言及が行渡っている。桜井氏のようにその信憑性を疑うのはごくわずかで、決定的解釈を与えるについては各人各様であるが、この富田メモ(天皇発言)により、A級戦犯とさらに天皇の戦争責任を言及する機会になったことは事実である。しかし、現実はそうはならない。国民の多くは、福田説のように「君主共和制はその責任はない」と独断する。従って今以上の検証にはならず、精々、東京裁判の蒸し返し解釈論が普及するに止まっている。どうしても敗北を潔しと受け入れたくない、さらに自己の人生に過ちと失敗はありえないと頑なに信仰する御仁はいつの世にも居るものである。誤作動、誤断原理主義者、日本の終戦日は昭和27年4月28日だと主張する松平永芳元宮司もその筆頭に挙げられる。従って、戦う「戦勝祈願」の役割でしか理解できない歴史時間軸が停止した御仁にとっては、靖国神社は安全保障の関係でしか存在しないのである。
日本の文化論による、参拝賛否の根拠
小泉首相8月15日参拝と富田メモによる靖国問題国民論議は、一部識者による蒸し返しにはなったが、国民的認識が深まったかというとそうではないといえる。個人の問題に集約すれば、また、その国の文化相対主義からいえば、参拝はいつでも可能な伝統的国民行為といって反対を一掃できる。国民行事のお盆に先祖の墓参りをして問題がある筈がない。また、2004年元旦、小泉首相が参拝して「日本の文化に初詣があるじゃないですか」と答えている。慣習が国民の判断基準になって、個人のこころの問題でしかないということになり、靖国神社も創立120年を経て様変わりしてきている、立派な文化と主張するに至る訳だ。
しかし、各識者ならびに国民は、この文化は戦争文化であり、戦争の悲惨さ、無念を美化、神聖化する為のそれこそ「心の拠」として、軍部企画制作推奨による人工神社であることを確り前提条件として論じることを回避している。やはり、昭和天皇に対する遠慮から、平和主義者昭和天皇であると妄信したいという国民の事勿れ主義意識の発露が窺われる。上記している、確たる目的のない「ややもすれば形式的であったかも知れない」ということである。
極めつけは、小泉首相その人にある。遺族会から不信を招いた「特定の人のために参拝しているのではない。戦没者全体に哀悼の念を表すために参拝している。」という表明がそれだ。遺族会は天皇の為に死んだ英霊に対して追悼を望んでいるのである。従って最終の悲願は天皇の参拝なのだ。小泉首相のように戦没者全体に対してであるならば、何も靖国神社でなくてもよいことになる。しかし、この小泉首相発言に実は、小泉首相支持を裏付ける根拠がある。即ち、国民は「戦没者全体に対して追悼」を行っているという現実がそれである。前述している、参拝の目的が歴然としていない「形式的」なものになっているということだ。だから、状況が変われば、世論調査も直ぐに逆転する訳である。従って、文化は単なる習慣の延長であるならば、弊害のある慣習は早く止めたほうがよいということだ。親子の因果応報は悪業を止めさせることにある。それが親の務めだ。これを、「親の心、子知らず」という。
社会は次世代に靖国神社は戦争神社だと周知させ、「遊就館」の廃館を目標に、移転、展示見直し(8月24日、靖国神社は一面的な歴史観を認め、その見直し作業に入ったと表明)を即急に行う必要がある。
問題のある慣習の文化は自然に廃れる。それを促すのも私達、社会の力であり本来の伝統の本意である。昭和天皇が拘った「靖国神社」については、全てが遺族会の決断にある。誤断と妄信を除去した謙虚な決断が必要である。福田メモは国民に対するショック療養ではなく、まさに今後の遺族会に向けた真摯な真の目的に適った方向性を模索させる貴重な言葉だ。今後断じて、橋本前首相から小泉首相への鞍替えを衒った利得策に乗じることの無いようにしなければならない。昭和天皇が体現した、戦時中の参拝は「必勝祈願」、敗戦後は「英霊に対しての哀悼」と目的を明確にしたように、遺族会も現況の目的を確り示さなければ、その為にも変わらなければならない。一宗教法人がこれ程世間を騒がせている例は他になく、国益すら損なわれかねない現況を周知徹底して、自らどうあるべきかを問う絶好の時期にすべきである。日本の伝統、文化を標榜するのであれば、国民全てに受け入れられる神社に変換することを考えるのが当たり前のことで、正に現況がこの時期である。幸い、7月20日、日経新聞が発表したその日にある地方での幹部会議が行われていて、この件について深夜まで協議されたというニュースも聞いた。何れにせよ、靖国神社問題は、靖国神社本体の変革を自ら創り出さなければ方向性はない。それを実現できるのは、国民の世論動向などではなく、遺族会そのものである。
世論とは国民のことか
こと靖国神社におけるマスコミの常套手段である世論調査は全く念頭にすら置く必要がないと考えてよい。今日の小泉首相靖国参拝における賛否世論調査の設問、質問の基盤は、質問する方も、答える側も靖国本来の概念が全く欠落している為に、解決に向けた方向性のなにものも示唆することが出来ないものである。従って、アンケート調査はマスコミ紙面を賑せる実利主義、単なるニュースの域をでないといっても過言でない。結局、小泉首相の人気取りに帰結する商業的マスコミ政策にしかなっていない。
世論を立ち上げる前に、もう一度確認しておかなければならないことは、靖国神社は軍神と英霊を祭神とした明治政府近代化路線上の人工神社ということである。基本的には国の所有であった訳だが、敗戦後一宗教法人として戦後社会を担ってきた。しかし、歴史的経緯から近い将来、また一旦は国預かりに成らざるを得ない宿命にある。従って、この状況が生まれた時に国民論議をするべきかは世論の動向にもよる。
もうそろそろ、靖国神社と政府要人との捉え方から、日本人である個人の問題として終止符を打たなければならないだろう。それは、現在の日本人各自が戦争責任をどのように個人に歴史化するかに懸かっている。その意味で決断と変わらざるを得ない状況になっている、これが現実である。
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☆靖国神社(ウィキペディア)
☆特集・靖国(読売新聞)
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☆教育ニ関スル勅語
☆朕は汝等軍人の大元帥なるぞ
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【格物致知】靖国信奉の虚
「靖国信奉の虚」を論考する前に、靖国問題を理解する為の基礎知識を列記しておきたい。
■A級戦犯合祀を管轄したのは、「厚生省引揚げ援護局」、その構成は、美山要蔵元陸軍少佐(元大本営課長)、板垣徹元中佐、元将校、下士官等で、特に、美山少佐は東條英機直系の関係にあった。
■「厚生省引揚げ援護局」の大事な目的の一つが遺族年金の支給である。
A級戦犯は約7百50万円、一兵卒は約百万円。
沖縄戦で、日本兵に殺された赤ん坊、準軍属(日本軍協力者)の年金額は未確認です。
■遺族会のA級戦犯分祀に対する賛否は、1985年に諮られ東條英機元首相の息子、東條輝雄と松平永芳靖国神社宮司二人だけの反対で分祀を残念した。(賛成した遺族のなかには、父を仲間を殺したA級戦犯と同じところに祀られたくないという思いをもっている。)
■遺族会の基本方針
1.内閣総理大臣等の参拝を要請する。
2.国立の追悼施設建設を阻止する。
3.悲願は今上天皇の参拝の実現。
■靖国神社に天敵はいない。但し、運営の殆どは遺族会の寄付金で成り立っている。
靖国神社、暗黙の了解
明治維新と皇軍への暗黙の了解は、江戸時代の士農工商の身分制度の撤廃が一つ上げられる。貧しい、卑しいとされてきた身分の者でも、お国、天皇陛下の為に殉死すれば、全て平等に靖国神社に英霊として祀られると了解されていた。従って、靖国の桜の下で会おうということである。しかし、小泉首相格差語録にあるように、「格差があって当たり前」、靖国英霊世界も格差空間ということだろう。日本では、あの世もこの世も格差社会、御霊も永遠に安住できない構図になっている。
8月15日、小泉首相は約束どおり参拝を実行した。予定通りのことで、参拝前日頃には、公式参拝にも拘らず本人の個人的「心の問題」戦略で完全に周囲を一個人の問題にすり替えていた(この手法は2005年衆議院郵政民営化選挙を民営化選挙にたぶらかしたのと同じである)。この背景については、[通信NO299・度胸試し]で既に述べた。今回は、小泉首相靖国参拝を強行したことに対する世論について言及する。
15日午前7時40分小泉首相参拝するというニュースがテレビ、ラジオで一斉に報じられた。そして、国民の賛否を問う実況中継が繰り広げられ、さらに各テレビ局は識者を招いての討論会、シンポジウム、一般参加者と識者を交えての賛否討論会が実施された。また、各雑誌9月号は特集8月15日小泉首相参拝問題で紙面を独占していた。兎に角、寝ても覚めても、猫も杓子も「靖国問題」一色に塗りつぶされた状況であった。
そして、当てに出来ないが、とかく気になるのが世論調査のアンケートだ。今回も多様な形で賛否調査が行われた。一喜一憂された方も多く居ただろうと推測する。同胞の多いことを念じる素朴な感情は、左翼も右翼も同じ思いであろう。
先ず今回の面白いアンケート結果を述べておく。7月20日の「富田宮内庁長官メモ」が発表された時のアンケート結果は、小泉首相参拝に「反対」が65パーセント、そして、小泉首相の「個人のこころの問題」強行論が吹聴されたその結果が「賛成」65パーセントと同じ数値の逆転反応になっていることだ。そして、当然の如く小泉首相の支持率が上がっている。ポイントを上げた理由の一つは、「中国と韓国にとやかく言われたくない」、これを体現した小泉首相は強い日本の象徴を国民に一瞬時パフォーマンスできたからだろう。
安全保障と靖国参拝
同胞と安らかに永眠する筈の共同空間としての靖国神社を、どうしても日本の安全保障の象徴的要として認識しなければ気が済まない方々がいる。天皇制問題になるとカメレオン的存在になる桜井よし子氏、また、筋金入りの自衛戦争論、有条件降伏論者の稲田朋美衆院議員などが筆頭右翼に挙げられる。稲田議員にいたっては、「日本が独立国家であることを内外に示すことであり、歴史的な出来事だ」(8月16日産経新聞)と声明を出し、桜井氏はさらに参拝を果たさなければ「国家は確実に滅びていく」(8月10日産経新聞)と断言している。
安全保障の基本的な考えは「戦う」ことにある。その戦いの象徴が「遊就館」であり、1階大展示室中央にその意思を具現するかの人間魚雷「回転」が設置されている。松平永芳元靖国神社宮司の画策だ。まさに戦争を肯定することでしか「安らかな国体護持」の実現がないと考える証である。まさに皇国史観を国民に定着させる「教育勅語」と「軍人勅諭」そのものでしかない。天皇への国民を帰属させる有機的結合媒体装置として靖国神社は人工宗教(福田和也説)であり、軍神=天皇=大元帥として当時その役割を最大限発揮した。
昭和天皇は敗戦まで毎年4月と10月の臨時大祭に参拝している。さらに太平洋戦争へ突入してから伊勢神宮にも参拝、目的は、「戦勝祈願」である。そして、この天皇の参拝時間帯を「全国黙祷時間」と決められ全国と植民地、「満州国」で1分間の黙祷が実施された。戦前の天皇、国民の参拝は、「英霊の追悼」よりも戦争肯定論としての参拝だった訳である。
「軍人勅諭」に「世論に惑はす政治に拘らす只々一途に己か本分の忠節を守り義は山嶽よりも重く死は鴻毛より軽しと覚悟せよ」とあるように、戦争真っ只中において、とても「英霊の追悼」など考えられない、「戦争祈願」しかありえない。従って、靖国神社の役割と天皇参拝の目的は明確な位置づけをもっていた訳であるが、戦後「全国黙祷時間」の慣習が全く忘れられたところを見ると、国民の目的は定かではなかった、ややもすれば形式的であったかも知れないといえる。
靖国参拝問題を短絡的、矮小化の要因、現在の国民にとっては単純明快な判断になった表題は、「8月15日靖国参拝」である。これには、歴史的時間軸を認識する必要がある。即ち、昭和の分断、戦前と戦後における靖国神社の役割と天皇自身の関係が様変わりした。昭和天皇の大いなる歴史的な決断、永久権力者としての伝統的知恵の離れ業を成し遂げたことによるものである。即ち、敗戦後は「英霊への追悼」をもって、戦没者に対しての戦争責任を人間宣言的に演じたと考えられる。ところが落ち着きと自信を取り戻した戦没者遺族の関係周辺の方々は、モニュメンタルな英霊に対しての哀悼に拘りだし、8月15日の政府要人参拝の環境づくりを画策し始める。そして、1975年8月15日、三木武夫首相が参拝する結果に至った。即ち、政府要人も政争の具に傾倒し始め、日本遺族会の思惑に添う形になっていった。そして、「厚生省引揚げ援護局」との癒着、遺族会の暗黙の合意、松平永芳宮司の念願を果たすべく78年10月、A級戦犯合祀を決行する。
富田メモをどのように読むかは、既に各識者の言及が行渡っている。桜井氏のようにその信憑性を疑うのはごくわずかで、決定的解釈を与えるについては各人各様であるが、この富田メモ(天皇発言)により、A級戦犯とさらに天皇の戦争責任を言及する機会になったことは事実である。しかし、現実はそうはならない。国民の多くは、福田説のように「君主共和制はその責任はない」と独断する。従って今以上の検証にはならず、精々、東京裁判の蒸し返し解釈論が普及するに止まっている。どうしても敗北を潔しと受け入れたくない、さらに自己の人生に過ちと失敗はありえないと頑なに信仰する御仁はいつの世にも居るものである。誤作動、誤断原理主義者、日本の終戦日は昭和27年4月28日だと主張する松平永芳元宮司もその筆頭に挙げられる。従って、戦う「戦勝祈願」の役割でしか理解できない歴史時間軸が停止した御仁にとっては、靖国神社は安全保障の関係でしか存在しないのである。
日本の文化論による、参拝賛否の根拠
小泉首相8月15日参拝と富田メモによる靖国問題国民論議は、一部識者による蒸し返しにはなったが、国民的認識が深まったかというとそうではないといえる。個人の問題に集約すれば、また、その国の文化相対主義からいえば、参拝はいつでも可能な伝統的国民行為といって反対を一掃できる。国民行事のお盆に先祖の墓参りをして問題がある筈がない。また、2004年元旦、小泉首相が参拝して「日本の文化に初詣があるじゃないですか」と答えている。慣習が国民の判断基準になって、個人のこころの問題でしかないということになり、靖国神社も創立120年を経て様変わりしてきている、立派な文化と主張するに至る訳だ。
しかし、各識者ならびに国民は、この文化は戦争文化であり、戦争の悲惨さ、無念を美化、神聖化する為のそれこそ「心の拠」として、軍部企画制作推奨による人工神社であることを確り前提条件として論じることを回避している。やはり、昭和天皇に対する遠慮から、平和主義者昭和天皇であると妄信したいという国民の事勿れ主義意識の発露が窺われる。上記している、確たる目的のない「ややもすれば形式的であったかも知れない」ということである。
極めつけは、小泉首相その人にある。遺族会から不信を招いた「特定の人のために参拝しているのではない。戦没者全体に哀悼の念を表すために参拝している。」という表明がそれだ。遺族会は天皇の為に死んだ英霊に対して追悼を望んでいるのである。従って最終の悲願は天皇の参拝なのだ。小泉首相のように戦没者全体に対してであるならば、何も靖国神社でなくてもよいことになる。しかし、この小泉首相発言に実は、小泉首相支持を裏付ける根拠がある。即ち、国民は「戦没者全体に対して追悼」を行っているという現実がそれである。前述している、参拝の目的が歴然としていない「形式的」なものになっているということだ。だから、状況が変われば、世論調査も直ぐに逆転する訳である。従って、文化は単なる習慣の延長であるならば、弊害のある慣習は早く止めたほうがよいということだ。親子の因果応報は悪業を止めさせることにある。それが親の務めだ。これを、「親の心、子知らず」という。
社会は次世代に靖国神社は戦争神社だと周知させ、「遊就館」の廃館を目標に、移転、展示見直し(8月24日、靖国神社は一面的な歴史観を認め、その見直し作業に入ったと表明)を即急に行う必要がある。
問題のある慣習の文化は自然に廃れる。それを促すのも私達、社会の力であり本来の伝統の本意である。昭和天皇が拘った「靖国神社」については、全てが遺族会の決断にある。誤断と妄信を除去した謙虚な決断が必要である。福田メモは国民に対するショック療養ではなく、まさに今後の遺族会に向けた真摯な真の目的に適った方向性を模索させる貴重な言葉だ。今後断じて、橋本前首相から小泉首相への鞍替えを衒った利得策に乗じることの無いようにしなければならない。昭和天皇が体現した、戦時中の参拝は「必勝祈願」、敗戦後は「英霊に対しての哀悼」と目的を明確にしたように、遺族会も現況の目的を確り示さなければ、その為にも変わらなければならない。一宗教法人がこれ程世間を騒がせている例は他になく、国益すら損なわれかねない現況を周知徹底して、自らどうあるべきかを問う絶好の時期にすべきである。日本の伝統、文化を標榜するのであれば、国民全てに受け入れられる神社に変換することを考えるのが当たり前のことで、正に現況がこの時期である。幸い、7月20日、日経新聞が発表したその日にある地方での幹部会議が行われていて、この件について深夜まで協議されたというニュースも聞いた。何れにせよ、靖国神社問題は、靖国神社本体の変革を自ら創り出さなければ方向性はない。それを実現できるのは、国民の世論動向などではなく、遺族会そのものである。
世論とは国民のことか
こと靖国神社におけるマスコミの常套手段である世論調査は全く念頭にすら置く必要がないと考えてよい。今日の小泉首相靖国参拝における賛否世論調査の設問、質問の基盤は、質問する方も、答える側も靖国本来の概念が全く欠落している為に、解決に向けた方向性のなにものも示唆することが出来ないものである。従って、アンケート調査はマスコミ紙面を賑せる実利主義、単なるニュースの域をでないといっても過言でない。結局、小泉首相の人気取りに帰結する商業的マスコミ政策にしかなっていない。
世論を立ち上げる前に、もう一度確認しておかなければならないことは、靖国神社は軍神と英霊を祭神とした明治政府近代化路線上の人工神社ということである。基本的には国の所有であった訳だが、敗戦後一宗教法人として戦後社会を担ってきた。しかし、歴史的経緯から近い将来、また一旦は国預かりに成らざるを得ない宿命にある。従って、この状況が生まれた時に国民論議をするべきかは世論の動向にもよる。
もうそろそろ、靖国神社と政府要人との捉え方から、日本人である個人の問題として終止符を打たなければならないだろう。それは、現在の日本人各自が戦争責任をどのように個人に歴史化するかに懸かっている。その意味で決断と変わらざるを得ない状況になっている、これが現実である。
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